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2008.06.07

長崎の魚石

「長崎の魚石」
 という昔話があります。こういう話し、

 長崎の商人の家に訪れてきた唐人が、石垣に積んである
石のひとつを欲しいと願う。百両を支払うとも言う。
 はじめ主は、ただの石でもあることだしし、これを譲る気でいたのだが、相手が、「百両いや三百両出すからと」 言い出すので、
 それだけの価値のあるものなら手放すのが惜しくなり断った。

 そして自分で石垣から石を取り出し、職人にそれを磨かせたが、いっこうに光り輝く気配も無い。
 中に何かあるのだろうかと不思議に思い、たがねで石の真中を打たせた。

 すると水が噴出し、二匹の赤い小鮒が飛び出して、直ぐに死んでしまった。

 三百両の金を取り損ねた。と悔しい思いをした。
 翌年にまた唐人が訪ねてきて、今度は千両を出すという。

 残念に思いながら主が石の顛末を話すと、

 「あれは魚石というこの世の宝なのです」

         そう唐人は涙を流し悔しがって語った。

 石を気長に磨き上げて、水から一分というところで留めると、
水の光が中から透き通って、魚の遊ぶその姿はまたとこの世に無い美しさであり。これを眺めていると自然に心を養い、命を延べる徳があると伝えられているのです。

 国の王侯貴族がいかなる価にもかえてこれを所望しているので、唐人はこれを売って一生安泰の暮らしを手に入れるつもりであった。

 このたびはどうしても譲ってもらう構えで、三千両を持ってきたと、商人の前に包みを広げて見せ、
黙って買い取ろうとせずに最初から訳を明かして譲ってもらえばよかったと悔いた。  

 という話。

 お互いの強欲さが損を生むという一文も添えられているが、
 そんな事はどうでもよい話。

 石の中に生き物がいるということ。
 卵のようでもあり、その石は魚にとっての世界なのである。
 それを透けて観る美しさ。

 なにより石を宝とするには、極限まで磨き上げる技術がいるのだ。
そのままだとただの石、魚の棲む世界までギリギリ近付ければそれは
宝となる。それを超えるとただの石に戻る。

 物を造る人だとこの磨き上げるゾクゾク感はわかってもらえるのではないでしょうか。

 さて、何故この話を書いたか。というと、
 もう夏が近づいて来たからなのです。

 新作は?との問い合わせもいただき、
 この話しで一作を。と考えたりする夜なのでした。

                    Pucephalas

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