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2010.06.30

DOGU 遮光器土偶

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  modeling by YAGI
ファンド原型 レジン複製品を着色

縄文晩期 青森県亀ヶ岡遺跡出土 「どぐう」といえば誰もがこの姿を思い浮かべるくらい、もっとも有名なものだと思います。
 名前にもなった遮光器とは、極北民族が雪から眼や顔を守るためのゴーグルで、この土偶に特徴的な眼の表現がそれに似ているために遮光器土偶と名付けられています。
 いまの研究によると、遮光器ではなくデザイン的な表現、
または仮面を被った像というのが主流です。

 また、宇宙服に似ているとの理由で、この時代に宇宙人が
飛来していたのだと論じる人たちもいたり。

 青森県を中心にもうひとつの王朝があったとされる
「東日流三郡誌」には、この土偶に似た姿の、
        アラハバキ伸が崇められています。
 
 このように土偶として有名どころか、カタチがひとり歩き
してしまうほどの強烈なインパクトをもつDOGUなのです。

 余談も交えましたが、
 土偶がカタシロとしての人形ではなく、シャーマンが神から
のお告げを受ける際の仮面を被った姿である。と推測すれば、
宇宙人だ神だとの異説も、あってしかるべしなのでしょう。

 模型にした私が凄さを感じたところは、その文様。
 縄文様がぐるりと渦を巻いている様です。
 ほかの土偶でも渦文様は多く使われているのですが、この
土偶ではさらに丁寧にデザインされて表現されています。
 
 螺旋、渦。これが生命、宇宙へとつながることは、
               言うまでも無いでしょう。
 草創期に女性の胴体を単純に模したカタチとして登場した
DOGUは、一万年の時を経て、本質を直感的に感じさせる
カタチへと至ったのです。
 それが1万2千年後の私たちを刺激して止まないパワーと
して蓄積され続けているのではないでしょうか。

 そしてこの遮土偶が完成されたすぐそばに、弥生時代とい
う変わり目が来ているのもとても興味深いことです。

                    Pucephalas

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 さぁ以上で今回の土偶シリーズ4点が揃いました。
 もっともっと魅力的なカタチがあるので、この遊びはずっと
ずっと続けられるといいのですが。
 ワンフェス会場で多くの眼に留まることを願います。

 渦巻きは宇宙をイメージさせると書きましたが、
 西洋では地獄への道は螺旋とされるそうです。
 でも、どちらにせよ新しい場所を見せてくれるなら、
DOGUに執心したのも無駄にはならないでしょう。

 それでは、7月の幕張で。 SPICE

2010.06.28

DOGU ハート形土偶

0p_hartdogu1 DOGU ハート形土偶
  modeling by YAGI
ファンド原型 レジン複製品を着色

 この土偶は、縄文時代後期に製作されたもので。群馬県前原遺跡より出土しました。
ユーモラスな形が人の心を惹きつけるのでしょう、芸術家の岡本太郎や写真家の土門拳なども、ハート形土偶の写真を撮影して残しています。
有名な遮光器土偶の次によく知られた土偶形式でしょう。

この形を見ると、
 先に製作した「DOGU 東北のヴィーナス」から受け継が
れたカタチとしてハート形があるようにも見えます。
 ところが前者と後者には数百年~千年ちかくの隔たりが
あるのです。思い出すのは、縄文土器の装飾が実用性を
はるかに超えて過剰ともいえる渦を巻いたあとに、実用的な
おとなしい形へと戻っていったことです。
 火焔式土器や人面土器は、縄文中期にあたります。

 その頃に装飾的デザインを追及し尽くしたという事でしょうか?

 たしかに資料などを読んでみると、縄文中期から後期への間
には土偶のほとんど存在していない、あるいは板状など簡素な
形状でしか作られていない時期があります。
 しかし土偶は復活をしました。
 長いながい休息期間を破り、
 彼女、ハート形土偶は突如として出現したようなのです。
 とすればそのユーモラスな様から、
     さらに笑い声まで聞こえてくるようではないですか。

 どっしりと足を踏みそろえ、
 両手を大きく開き、
 顔を天に向け、高らかと笑っている。

 この土偶製作者である縄文の作家は、エネルギーを失いかけた時代に反旗を翻してコレを出現させたのだろう。
 そう想像もできる優美でオカシナ土偶なのです。
                         Pucephalas

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この夏WFで、SPICEより展示販売予定です。

2010.06.27

KOTUGU ひとつ目

0p_kotuguhitotume01 KOTUGU ひとつ目
      modeling by YAGI

  このヒトガタは、板状土偶と同じ形式ですが、鹿の角または骨を加工して創られたもので、骨偶または角偶と呼ばれています。

 出土したのは北海道戸井貝塚。
 大きさは55㎜なので、そのサイズで模してみました。
 ファンド原型、レジン複製品を塗装しています。

 土偶は左右同じ立像が多いのですが、
 この「骨偶 ひとつ目」は、右足を一歩前に踏み出した、
動きのあるカタチとなっています。
 さらに頭部に大きく開いたひとつ目。
 そして一方の肩は円く張り出し、もう片方は四角い形状。

 なにかに見えてきませんか?

 「こ、これが・・・・縄文のザクか!!」 

                      Pucephalas

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 2010夏ワンフェス SPICEで発売予定。

2009.01.13

石に棲む魚 と、魚石

 本屋をぶらっとしていたら、
  「石に魚の絵を描こう!」 (ブックマン社)

 という表紙が目に入った。
       「石・魚」という字に目が止まりました。
            そう言い換えたほうがよいか。

 「長崎の魚石」を立体化したいというのが、
                                                いまだ達成できず、
また頭から離れることもなく残っているのです。

 本の内容は、川原の石などにアクリル絵具で魚を描く。
                  というもの。そのガイドブック。

 石の上に写実的に魚を描いてあります。その石をインテリア、
小物として使用した写真が紹介され、なかでも水の中に石を置
いた写真は、とてもオモシロイ感じ。
 記事に 「石に棲む魚」 と紹介されています。 

 でもちょっと違う。
 コレを自分がやりたいのでは無い・・・
 何が・・・

 頭の中で「長崎の魚石」の話を思い出す

 そう、所有する事を切望する・・・
   ここは自分も一緒。
      作るからには誰かの手に渡ってほしい。
 飾れるもの・・・
   やっぱり、飾って眺めて欲しい。
 まるで本物の魚? (本の表紙より)
   そこへ向っているわけでなく、
 作品を通して、環境問題を考える。ロハスアート(帯書きより)
   好きな言葉じゃないよなぁ。
   
 だとしたら何に
   大事なのは魚を石に封じ込める事。
   覗きたい衝動に駆らせること、
   最後にはそれを破壊してしまうこと。

 そんなものを作るのか。考えている自分がバカに思え、
        楽しいじゃないか。
             ますます迷いへ入ってしまうのです。  

                        Pucephalas

 あっ、本はいいものですよ。描き方の説明や材料なども親切に説明してくれているし、こういう遊びをするのは楽しそうです。
 遊びとして、他人に紹介し易いしね。
                        オススメ!

2008.06.11

魚石の類話

柴田宵曲の本を開いてみると、
魚石にもいろいろ類話があります。

他人に求められて譲る前に、
          持ち主が石を無価値にしてしまう。
というすじは同じで、

たがね のほかに、斧で割るものと、湯をかけて
中の魚を殺してしまうものがあります。

後者は、せっかく渡すのだから奇麗にしようとの親切心から
起きた出来事でおもしろくもあります。

でも、やっぱり絵になるのは、たがね でしょうか。
水が噴出して割れた後に魚が跳ねる姿が思い浮かびます。

そんなことを想像しながら、
             ようやく手が動き始めました。

今夜は1/35スケールの鯉を削っているところです。
まずは、形出しまで。
080611c

       Pucephalas

2008.06.07

長崎の魚石

「長崎の魚石」
 という昔話があります。こういう話し、

 長崎の商人の家に訪れてきた唐人が、石垣に積んである
石のひとつを欲しいと願う。百両を支払うとも言う。
 はじめ主は、ただの石でもあることだしし、これを譲る気でいたのだが、相手が、「百両いや三百両出すからと」 言い出すので、
 それだけの価値のあるものなら手放すのが惜しくなり断った。

 そして自分で石垣から石を取り出し、職人にそれを磨かせたが、いっこうに光り輝く気配も無い。
 中に何かあるのだろうかと不思議に思い、たがねで石の真中を打たせた。

 すると水が噴出し、二匹の赤い小鮒が飛び出して、直ぐに死んでしまった。

 三百両の金を取り損ねた。と悔しい思いをした。
 翌年にまた唐人が訪ねてきて、今度は千両を出すという。

 残念に思いながら主が石の顛末を話すと、

 「あれは魚石というこの世の宝なのです」

         そう唐人は涙を流し悔しがって語った。

 石を気長に磨き上げて、水から一分というところで留めると、
水の光が中から透き通って、魚の遊ぶその姿はまたとこの世に無い美しさであり。これを眺めていると自然に心を養い、命を延べる徳があると伝えられているのです。

 国の王侯貴族がいかなる価にもかえてこれを所望しているので、唐人はこれを売って一生安泰の暮らしを手に入れるつもりであった。

 このたびはどうしても譲ってもらう構えで、三千両を持ってきたと、商人の前に包みを広げて見せ、
黙って買い取ろうとせずに最初から訳を明かして譲ってもらえばよかったと悔いた。  

 という話。

 お互いの強欲さが損を生むという一文も添えられているが、
 そんな事はどうでもよい話。

 石の中に生き物がいるということ。
 卵のようでもあり、その石は魚にとっての世界なのである。
 それを透けて観る美しさ。

 なにより石を宝とするには、極限まで磨き上げる技術がいるのだ。
そのままだとただの石、魚の棲む世界までギリギリ近付ければそれは
宝となる。それを超えるとただの石に戻る。

 物を造る人だとこの磨き上げるゾクゾク感はわかってもらえるのではないでしょうか。

 さて、何故この話を書いたか。というと、
 もう夏が近づいて来たからなのです。

 新作は?との問い合わせもいただき、
 この話しで一作を。と考えたりする夜なのでした。

                    Pucephalas

2006.08.30

「魚 石」 2

Bl_sakanaishi2 「 魚 石 」  製作・八木
ワンダーフェスティバル2006夏 で販売

片目の魚が遊ぶ池の風景をお猪口に注ぎました。
春・水仙     夏・睡蓮
秋・水面に浮かぶ月  冬・雪景色

の4点を発表。鯉の色も3種類あります。
「魚石」(解説文を付属)¥2,000

問い合わせはSPICEまで、

2006.08.01

魚石

Sakanaisi6 「魚 石」  
作者 八木博顕

7月末日、ようやくワンフェスアイテム新作が完成。
「石」シリーズの新作「魚石」です。 伝説・片目の魚、魚石を読みながらイメージした作品です。四季も表現したく、写真のものは春。水辺に水仙を咲かせてみました。池の中には鯉が泳いでいます。

製作について、
 柳田国男「日本の伝説」にある【魚石】の項目を読んで憑かれたようにイメージが浮かびました。また、SPICEの泉鈴さんの話された「枡を使用した金魚の立体作品などもあり・・・」で、【茶碗の中】(雨月物語)が閃きました。同じく「夢応の鯉魚」も絡ませて、鯉を泳がせる事に。
 片目の魚は、寺社にある池に泳ぐ魚は片目が潰れているものが多いと言う事からくる伝説で、各地方にあります。神の遣いであるそうで、その魚を捧げるために(捌く為に使用する)平たい石が池にある・・・。の話も伝わります。
  

 鯉と石はエポキシパテで製作。蓮など草花はドライフラワーを組み合わせて造りました。

2006.06.22

魚石

 前に柳田国男「日本の伝説」に、【魚が石】というものが広島にあると書きました。
 それからイメージを膨らませて、【民話にある石の風景】を立体とするのはどうだろうか?と考えています。

 何かヒントになるものが・・・と家の書棚からいろいろ抜き出して読んでいると、

【長崎の魚石】 
 と、いう民話を見つけました。 以下本文より抜粋、

 「魚石というこの世の宝であった。あれを気長に周りから磨き上げて、
水から一分というところまでで留めると、水の光が中から透き通って、
二つの金魚がその間に遊び回る姿は、またとこの世に無い美しさであって、
それを朝夕に見ていると自然に心を養い、命を延べる徳があると伝えられ・・・」

 水を蓄えた石で、その中に魚が居るというもの。
 琥珀のようなものか、しかもその中に生きた金魚が泳ぐという。

 またまた幻想的な石のイメージが浮かびます。

 ???これは、泉鈴さんの創作ネタかな?
 SPICE・OningyoHanへ・・・  

 

2006.06.21

「まめぼん」 その2

まめぼんに心惹かれて、今日も盆栽の本をいろいろ眺めてみました。
けど・・・、植え方、育て方は興味外。配置の仕方は情景や画の基本とあまり変わりません。

さて、何に惹かれたか?

考えると、ミニチュアという所に反応したようです。でも収穫が無かったわけではないのですよ。対という考えは面白く、飾り方は参考になるし、
 なかでも「石」の置き方にもいろいろあって、その種類も多くいろいろなものに見立てます。ついで、庭園の本もパラパラ捲って・・・。

 そこで思い出すのは、岡本太郎も庭園に美を見出していたところ。著作「日本の伝統」に書かれてあったかな。
 その当時の多くの寺院などの庭園はあまり大事にされていなかったようで、それが観光客などを相手として整備されたのは、近いことのようです。

 また荒れた庭園に躍動する植物を美しいというする意見もあって、たしかに乱雑な中に入る色に目の留まる事があります。
 そういえば、鏡花作品「絵本の春」から、そのような風景を立体にした自分もいて、いまさらながら堂堂巡りをしている事に気付かされます。 

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